北国街道を行く 第1回3日目 信濃国分寺駅ーテクノさかき駅

今日は昨日程気温も上がらないようで、空は曇り空です。

昨晩もいつものようにホテルお勧めの居酒屋へ出掛けましたが、今回は大失敗!
店のおやじが何とも無愛想で、腹が立つ程でした。あれでは地元の人達もあまり来ないでしょう。
ホテルの居酒屋で済ませば良かったと大後悔でした。

再び信濃国分寺駅へ

上田駅前にある水車
真田幸村 騎馬像

上田駅前には「真田幸村」の騎馬像が置かれています。
やはり上田は真田の地。2016年のNHK大河ドラマは真田の物語でしたから、その当時はさぞかし観光客も大勢押し寄せた事でしょう。

最初の予定通り、昨日のうちに上田まで来ていたなら、北國街道から外れても、上田城を経由して先に進もうと思っていたのですが、一駅手前で止まってしまったので、北國街道を正確にトレースする事にしました。
北國街道は上田城の北側を抜けていて、駅からは離れています。

信濃国分寺駅は上田駅から一駅ですから、時間にすれば3分で到着です。たった3分ですから、昨日のうちに歩こうと思えば十分歩けたのかもしれません。
しかし、早めに切り上げて寄り道していく方が沢山の事が思い出に残る楽しい旅になるでしょう。昨日の別所温泉も行って正解だったのだと思います。

北陸新幹線
信州大学繊維学部

8:10am 信濃国分寺駅をスタートしました。今日は静岡まで帰らなくてはならないので、お昼には切り上げる予定です。スタートから上田までの間にはあまり見るべき物もありません。

途中にある毘沙門堂跡には文政7年に活文禅師がここで寺子屋を開き、佐久間象山を初め1000余人の生徒が教えを受けたのだそうです。

この毘沙門堂は佐久間象山が勉学に励んだところ。

上田

上田の市内に入っていくと、所々に真田十勇士の像が設置されています。これは事前に知っていたので、楽しみにしていたのですが、現物をみたらガッカリ。
等身の迫力有る像を想像していたのに、そこにあったのはアニメキャラ風の高さ数十cm程度の像でした。アニメキャラは無いだろう!

左から、由利鎌之助 三好青海入道 望月六郎 猿飛佐助 霧隠才蔵

自分達の年代は子供の頃、真田十勇士の話は皆が知っていたくらいの有名人で、TVドラマにもなりました。十勇士の中でも猿飛佐助や霧隠才蔵は忍者ごっこのヒーローでした。
十勇士の像は期待していただけに腹も立ってきます。

街道沿いで見る事の出来る最後の像は霧隠才蔵。ここを過ぎると柳町に入っていきます。

柳町
軒高の揃った家並み

柳町通りの建物は、平屋建ての妻入りの町屋は1軒もなく、2階建て平入りの町屋が整然と並んでいます。

町屋のほとんどが同じ形式を持つため、町並みの中心部には比較的整った軒高による水平線を見ることができます。

長さに長短のある 親付き切り子格子

かつては柳の木が多かったこの通りに旅籠屋や商家が軒を連ね、呉服屋だけでも25軒あったといいます。
上田にはこれまでも何回か来ていましたが、こんな街並みがある事は今回初めて知りました。
やはり、歩き旅の御利益なのでしょうか。

柳町を過ぎると静かな通りになり、街道脇に古い道標が建っていました。
これは1692年(元禄5)建立の「右ぜんこうじ道」道標。自分達が取りあえず目指しているのもこの善光寺です。

交流館のようでした
上田城、北東角の石垣
「右ぜんこうじ道」
取扱品目を見ると正にナンデモ屋さん

正福寺 千人塚

そこから少し進むと右側にかなり広い境内を持つ正福寺があります。
「千人塚」と書かれた説明看板がありました。
それによると、寛保2年、激しく降りつづいた雨で千曲川は平常より約10mも増水し大洪水となりました。
これにより沿岸の海野・大屋から下塩尻にかけて特に大きな被害を受け、言語に絶する惨状であったと伝わります。 このとき上田藩主は城下、諏訪部の川原に流れ着いた死骸を集めて正福寺に埋葬し「流死含霊識』と記し、碑を建て供養して、この碑を千人塚と名付けました。

正福寺の千人塚

この辺りの街道には、かつて真田昌幸公が上田城築城の際城下を囲む八ヶ村のひとつ秋和村の北国街道添いに植えたと伝えられている杉並木が続いていたようです。しかし今はその面影すら残っていませんが、街道沿いに一本だけ枯れ木となった杉の木が保存されていました。

かつてあった杉並木の名残り
バラに包まれた休憩所

ゴール テクノ坂城駅

今日もまたトイレ休憩でしなの鉄道には助けられます。
西上田駅に寄り、用足し。さて、今日はここでゴールとするかどうか。しかし、廻りには食事処など有りそうもありません。
次のテクノさかき駅までは4Km弱。
そこまで行き、小諸に戻って昼飯にする事にして、4Km先のテクノさかき駅に向けてスタートです。
坂道もありませんが、何も見るところもありません。
上田宿と次の坂木宿の間には間の宿の鼠宿がありましたが、近代の道路拡幅などにより宿場の面影は殆ど残っていません。

この石造り太鼓橋は渡れるのか?
鼠宿

駅は街道から少し離れています。この辺りで左へ行けば良いだろう、と駅に行こうとしたら、畑の中に入っていきました。そして、しなの鉄道にぶつかり、向こうには駅が見えているのに線路は渡る事が出来ません。
やむなく、迂回してようやく初回の北國街道歩きのゴール、テクノさかき駅に到着です。

ゴールとなったしなの鉄道「テクノさかき駅」

1日の歩行距離はかなり短く抑えた今回の計画でしたが、何故か、思った以上に体に堪えました。
これも歳なのでしょうか。

小諸へ

しなの鉄道で小諸に戻ります。
2日間掛けて歩いて来た小諸からの道程も電車なら30分で到着です。知り合いに教えて貰った小諸の「草笛」という蕎麦屋さんでの昼食になり、昨日予想したように昼は3日間とも蕎麦になりました。

三日間 昼餉は蕎麦で 旅を果つ 一秀

この蕎麦屋さん、教えて貰った情報では大盛りはダメよ、との事でしたが、その理由も納得!
場所は懐古園の駐車場横にある、観光客相手の蕎麦屋さんなのですが、蕎麦は結構いけました。

こもろからは3時間チョットで清水に帰ってくる事が出来ました。

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