四国遍路 5日目 33番 雪蹊寺 〜 38番 金剛福寺

 

四国はまだ雨知らずだ!

昨夜は何のために宿に泊まったのか分からないような一晩でした。
朝早く出ることは昨日フロントで伝えてあったので、6時に宿を出ました。
今日も天気はいいようです。

今日も天気は良いようで、暖かな一日になりそうです

高知城

駐車場からは高知城が近いようなので、桂浜に行く前に寄っていく事にしました。5分ほど走ると高知城の下まで来ましたが、駐車場の入り口を探しているうちに高知城の周りを一周してしまいました。
ようやく見つけた24時間営業の駐車場に車を駐めて、2、3分歩いて高知城の下に到着です。

かなり登るようです
高知城天守
立派な石積みです

さて、どこから登るのか?
案内の地図看板も無いので歩き回って探すしかないのか?と思っていたら、散歩をしている女性に会い、この方に聞いてようやく分かりました。
広い駐車場の隅に目立たない登り口がありました。
朝早いこの時間、ほとんど貸切状態の高知城なので、早朝散歩している地元の方と会う程度の静かな高知城内です。

現在残っている高知城は慶長11年(1611)に山内一豊によって築城された城でした。その後、明治まで残った高知城は明治4年には廃城となり、明治6年に発布された廃城令により、天守等、本丸周辺の建造物と追手門は残されましたが、それ以外の建造物はこの時に解体されてしまいました。
昭和初期には国宝指定されましたが、その後の文化財保護法により重要文化財に指定変更されています。

静岡とも多少の縁のある高知城

高知城の初代城主は掛川城主であった山内一豊ですから静岡にも多少は縁のある高知城です。
朝も早いこの時間、綺麗に積まれた石垣が朝日に映えて綺麗です。
時刻が早すぎて天守には入る事は出来ませんでした。帰りは追手門を通って戻りましたが、この追手門は見事なもので迫力満点です!

追手門
板垣退助像
千代の内助の功に纏わる馬と裏側に千代の像

車に戻り桂浜に向かいます。
ところが、駐車場の位置を勘違いしてしまったようで、駐車場が見つかりません。10分ほど探してようやく見つけました。
あーー、情けないやら、カッコ悪いやら.....

桂浜

カーナビの行き先を桂浜にセットしたら、思っていた程の距離は無く 30分ほどで到着できるようです。
昨日行った竹林寺のある五台山の麓を通って海岸線に出て黒潮ラインを西に暫く進むと、道路の先に海を越えている超高い橋が見えてきました。

浦戸大橋

浦戸大橋と桂浜。湾の最奥が高知市で、一番手前の浜が桂浜

高知市は浦戸湾の奥に出来た街で、土佐湾からの入り口はかなり狭くなっています。
両岸の浦戸と種崎を結んでいるのがこの浦戸大橋で、完成は1972年と歴史は古く既に50年以上の刻が経過しています。高さが50mもある事から完成当時は自殺者が後を絶たなかったと言います。
実際、車で橋を渡る時も怖いと思う程の高さでした。
この橋を渡ればじきに桂浜です。

超広い駐車場に入ろうとしても、ゲートに誰も居ないので駐車料は払いようがありません。
それとも、ここは無料駐車場なのでしょうか。

龍馬像

桂浜には、駐車場から小高い丘を越えていくようです。登り切って尾根伝いに歩いて行くと、あの坂本龍馬像が立っていました。想像していたより大きな像で、坂本龍馬が見ている方向は室戸岬方向に見えます。
行った時には龍馬像の横に、何か建設中のようでした。
最近になってこれが何だったのか判明。これは龍馬像と同じ目線に立つことの出来る展望台テラスで、ゴールデンウィーク中のニュースでもその人気ぶりが話題になっていました。

桂浜
桂浜

一応、高知市で見たかったはりやま橋、そして高知城桂浜龍馬像は見る事が出来たので、ここからは5日目のお遍路スタートです。次の33番札所 雪蹊寺は桂浜からは4Km程の距離ですから、10分ほどで到着しました。

33番 雪蹊寺

雪蹊寺本堂
雪蹊寺境内

四国霊場に二つだけある禅寺のうちの一つです。
ここもあまり特徴も無く、記憶に残りにくい札所でしたが、ただ一つ興味を引いたのは境内に山本玄峰老師と名の入った胸像があった事でした。
山本玄峰?どこかで聞いた名だ、と思って思い出しました。

伊豆88遍路で三島を歩いた時に臨済宗の修行の寺、21番 龍澤寺の住職で山本玄峰が出てきました。ほぼ失明した体で7回もの四国遍路をしたあげく、とうとう雪蹊寺の前で倒れてしまい、その当時、雪渓侍住職であった山本太玄和尚に助けられました。
玄峰は太玄和尚の養子となり、その後、妙心寺の管長にまでなった名僧がこの山本玄峰老師でした。最後は三島の龍澤寺の住職として亡くなっています。
この頃、当時の鈴木首相から戦争をいかに終わらせるかの相談を受け、天皇は象徴として、日本は負けて勝つべきと説き、鈴木首相にあてた書簡からの 「堪え難きを耐え忍び難きを忍び」で始まる、陛下の玉音放送の文言は有名な話です。
しかし、これ以外にはあまり興味を引く物がなかった雪蹊寺でした。

34番 種間寺

種間寺の写真はこの一枚だけでした

雪蹊寺からは約7Km。10分チョットで到着しました。ここも印象が薄く、写真も一枚しか撮ってありませんでした。
こうした何の変哲も無い霊場を空海と共に一つ一つ廻って88霊場を廻りきるのが、四国八十八ヶ所遍路そのものなのだと、思わず同行二人の言葉にも納得してしまいます。

35番 清瀧寺

境内に立つ大きな「厄除け薬師如来立像」

清瀧寺への参詣は車遍路では四国八十八ヶ所の中でも一番の難所と言われています。いったいどんな道なのかと、一人旅だけに不安でいっぱいでした。落輪でもしたら悲惨です。
案の定、道が狭くなった途端に前の車が対向車とのすれ違いが出来なくて立ち往生していました。
少しバックすれば何とかなるのですが、高齢の女性二人なので、それもままならない状態です。助手席の女性が降りてバックするための誘導を始めたものの、なかなか旨く行きません。それでも何とかすれ違いも出来て前に進み始めました。
この道は時々運転するような日曜ドライバーは歩くか、タクシーを利用した方が無難、というネット情報があるのですが、事前に何も調べずに来たのでしょう。
これではずっと後をついて行くしかないのか!、と思ったら、途中で先に行かせてくれました。その後は対向車もなく、大きな薬師如来像の立つ境内の駐車場まで無事に上がることが出来ました。
駐車場に駐まっている車は軽自動車ばかりで、一台だけ大きなワンボックスカーがいました。この人達も苦労して上がってきたらしく、話も合いました。
納経所の近くに展望デッキがあったので、下界を見てみました。
標高は130mを少し超えた程度なのですが、先ほどの登りの苦労の先入観もあるのか、もっと高く感じます。

標高以上に高く感じます

下りも対向車には会いたくはないものです。会うかどうかは運次第。一か八かで下山しました。早速のお大師様の御利益なのか、対向車に一台も会うことなく下山できました。

36番 青龍寺

青龍寺山門

先ほどの35番は「清瀧寺(きよたきじ)」でしたが、こちらは「しょうりゅうじ」。
先ほど一緒になった大型ワンボックスカーの皆さんとこちらでも一緒になりました。彼らは既に参詣は済ませたようで、一言「ここはこれからの石段がキツイよ!」とのこと。

長いけど傾斜が緩いのが救い
歴史を感じさせる石段です

駐車場の横からは、幅広で立派な170段の石段がずっと本堂まで続いています。
この石段はかなり古い歴史を感じるもので、苔むした石に歴史の風格を感じます。
空海は唐の青龍寺で密教を学び、日本に帰ってから青龍寺のような寺を建てたいと願い、唐から、独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵の3つを投げたと伝わります。
三鈷杵は高野山まで飛び、五鈷杵は京都・東寺の場所だったか?そして独鈷杵はこの青龍寺に届いたと伝わります。
この独・三・五鈷杵が何処まで飛んだという地にはいろいろな説がありますが、何れにせよフィクションなのですから、何処でもいい話になってしまいます。
この地で独鈷杵を見つけた空海は師の恩に報いる為、ここに同じ寺名の青龍寺を建て、山号も独鈷山にしたと言われています。
明治のころまで土佐七大寺といわれ、末寺四ヶ寺、脇坊六坊をもつ名刹となっていました。

本堂に刻まれた見事な龍
本堂と大師堂
真言密教の教主たる大日如来の化身と言われる不動明王
朱色の三重塔が緑に映えます

高知中心部はこれで完了です。この先は四万十市まで行かなければなりません。次の37番岩本寺までは青龍寺から50Km以上先で、時間も1時間以上は掛かりそうです。

37番 岩本寺

参道に並ぶ土産店

岩本寺までは距離もあり時間も掛かりますが、それでも四国の東海岸には無かった高速道路並の有料道路が22Km程あるので少しは時間の短縮も出来そうです。しかも無料なのが有り難いです。ナビの指示通りに1時間20分程で到着です。
昼時でもあるので参詣後に食事を摂りたいけど、こんなところに果たして食事処などあるのでしょうか。
まずは37番 岩本寺参詣を済ませます。四万十町の中心部にある寺で、四万十市ではありません。四万十町は標高200mを越える高源の町らしいのですが、流石に今日は暑いです。

口を結んだ吽形像
口を開けた吽形像

仁王門を潜ると右手に円形の歓喜天堂があります。歓喜天を祀る寺は少なく、まして円形の堂というのでは尚更です。
ここの本堂の575枚の天井絵は必見という事でした。しかし、この時は知らずに残念な事をしました。古いものではないのですが、アマチュア画家、約400人が参加して奉納したものといいますから、これは是非とも観てみたかったです。事前調査が足りませんでした。そうはいっても数日間で50ヶ所を超える寺を参詣するのですから、とても調べきれるものでもありませんでした。

山門
珍しい円形の建物には歓喜天を祀る

昼飯時なので何かを食べたいと思っても、そんな店はありそうもないです。寺の近くの露店で売られていた焼きそばがこの日の昼食になってしまいました。
駐車場でゆっくり食べてひと休憩して、足摺岬先端の金剛福寺に向けて出発です。足摺の語源は、37番、38番の距離が極端に離れている為に、お遍路さんも最後は足を摺りながら進んだ、という話を聞きました。

38番 金剛福寺

南国の雰囲気の漂う山門

カーナビによれば、岩本寺から金剛福寺までは87Km 時間にして約2時間になっています。高知市の宿を出てからの今日一日の移動距離はかなり長距離になりそうです。
左に広がる青い土佐湾を見ながら進むので気持ちいいドライブになりました。しかし単調で暖かく、それに食後という事で眠くなってきます。それだけ緊張も無く走りやすい道路だったのでしょう。

足摺崎手前の土佐清水市は、あの「ジョン万次郎」の生まれ故郷だったようです。

金剛福寺本堂
洒落た雰囲気の金剛福寺境内です

それにしても高知県は各札所の間が遠いです。朝、宿を出てから何キロ走っているのか?
2時間15分ほどでようやく足摺岬に到着しました。しかし、駐車場がみつかりません。今日は日曜日という事で、観光客の数も結構な人数になっているようです。
駐車場ではないようですが、空き地を見つけて車を駐めさせて貰いました。
まずは金剛福寺参詣です。八十八ヶ所の札所の中で最南端に位置するのがこの金剛福寺になります。これまでの寺の雰囲気と違い、いかにも南国風で明るい感じがして、境内にある池の景色も洒落て見えます。
38個目の御朱印を頂き今日の遍路は完了です。

足摺岬散策

今日、これからの予定も決めてなかったので、iPhoneアプリで探してみたところ、四万十市まで戻れば日帰り湯「四万十いやしの湯」があるようです。今来た道を四万十市まで戻らなくてはなりませんが、このまま西海岸を宿毛方面に行っても風呂は無さそうなので、四万十まで戻る事にしました。

足摺崎灯台。青空に映えます

しかし、そのまえに、せっかく足摺岬まで来たのですから、崎の灯台くらいは見ておきたいものです。灯台を廻る散策路があるようなのでそちらに行ってみました。
海の色は明るい青。海の色まで南国風です。
何処の灯台もそうですが、青い海をバックにした白亜の灯台はほんとうに綺麗です。足摺岬の断崖の上に立つ足摺岬灯台は絵になります。
この灯台を見る展望台があるようなのでもう少し先まで進んでみました。

足摺崎
海の色が綺麗です

ここで千葉から車遍路で来ている若い人と会いました。彼は逆打ちのようです。いろいろ話をして分かれましたが、彼はこの後悲惨なことに!
さて、四万十市まで戻らなくては!
同じ道を戻るというのもつまらないものですが、他に道がないのですから仕方ありません。

ジョン万次郎像

車に戻る途中に「ジョン万次郎(中浜万次郎)」の像が立っていました。東の方向を向いていましたから、生まれ故郷の土佐清水ではなさそうです。地図で万次郎の向く先をずっと伸ばしていくと、太平洋を越えてアメリカ大陸に到着しました。左手には航海や測量に必要なコンパスと三角定規を持っていました。

四万十へ戻る

四万十に戻る途中、車が信号に掛かって横を見るとさっきの千葉のお兄さんの車でした。随分先に出たはずなのですが....
この少し前でやっていたスピード違反の取り締まりで捕まってしまったのだとか。さっきは閏年の逆打ちは御利益も三倍なんて言っていたのに、どうやら厄が三倍になってしまったようです。
千葉は遠いから気をつけて帰るようにと、声を掛けて別れました。
足摺岬から1時間ほどで四万十市の「四万十いやしの湯」に到着しました。周りにはいろいろな施設があるようで、中にはオートキャンプ場もあるようです。
風呂に入って少し待っていたらレストランが開店しました。

一昨日以来のまともな夕食

昨日の夕食が情けない程のコンビニ弁当だったので、今日は高知らしい旨い物を食べたいと思い、選んだのはカツオの付いた何とか膳。
何時も食べるカツオとは違って、ウマイ!
酸味の利いたタレが旨く合っています。本当ならビールでも飲みたいところなのですが、そうもいかずジッと我慢。
今日の寝床は四万十市から西に進み、海に出た所の宿毛市にある道の駅「すくも」にします。ここから40Km程あるので1時間程は掛かりそうです。しかし、宿毛までは一部、高速道路並の自動車専用道路がありますから、それほどの遅れもなしに到着出来るでしょう。

道の駅「すくも」

何台かの車が車中泊のようです。こちらもさっそく寝る為の準備を始めました。するとここの責任者らしき女性が、なにやらパンフレットを配布し始めました。
どうやら、ここはキャンプ施設として作られた道の駅なので、宿泊は有料になるとの事でした。料金を聞いたら2500円との事。
この近くには他に道の駅もないようなので2500円払って駐まることにしました。
説明しても分かって貰えず無視されることが多いようで、この女性には随分感謝されました。ゴミも出していけるようで、車を駐めた専用スペースでは直火でなければ火も使えるようです。おまけに温水シャワーも使えるようでした。
こんな事なら、足摺岬から西海岸を進んできて、ここでシャワーを浴びる事も出来た訳です。同じ道を四万十まで戻る事も無かった。
まぁ、四万十まで戻ったおかげで旨いカツオを食べられたのだから、と納得。
今日はよく走りました。 一般道を280Kmも走ったのですから、疲れもします。

 

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