みちのくの旅一日目

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龍飛岬で日の出を見よう!! ナント物好きな....
龍飛岬

お盆前の8月11日〜14日の夜立ち二泊三日で龍飛岬に行かないか?と誘われて思い切って行ってみました。

しかし、事前の情報ではお盆の帰省ラッシュのピークは11日と言っています。途中の渋滞は覚悟して11日午後2時に清水を出発しました。

龍飛岬は遠いです。地図をざっと見ただけでも距離は1000Km近くあります。時間にして半日、少なくても12時間は覚悟しなくてはならないようです。

10人乗りの車なので一応誰でも運転は出来るので途中運転を交代しながらという予定でしたが、自分はと言えば全行程で1時間半程の運転で済みました。

いつものK・K君がほぼ運転手をしてくれました。このKK君、酒も好きだけどそれ以上に車の運転が好きと言うのですから、彼の楽しみを奪ってしまうのも心苦しいところ。
でも、感謝!感謝です!

ガソリンスタンドが無い!

岩手県の「岩手山SA」に寄った所、GSに長い行列が出来ていました。何も気にする事無くその先に進みましたが、途中で燃料切れの心配が出てきました。
この先のGSのあるSAを探した所、これが全く無いのです。

東北自動車道の下り線ではさっきGSに行列が出来ていた「岩手山SA」が最終だったのです。
と言う事は東北自動車道の青森県エリアにはGSが全く無いと言う事になります。
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そりゃないだろ!
途中のICで降りてGSを探しましたが、こんな所で深夜営業している所はありません。
仕方なし、再び東北道に乗り、降りるICを少し先にして、青森中央ICで降り、ようやくIC近くのスタンドで燃料補給できようやく一安心、ホ

龍飛岬に到着!

家を出てから14時間、ようやく本州最北端の「龍飛岬」に到着しました。最果ての地なのですが、観光地です。
まだ夜が明けきらない駐車場にはバイクのツーリングのお兄さん達がテント泊していました。

ご覧あれが龍飛岬北のはずれと〜〜

石の立派な碑があり、本州最北端の碑かと思えば、これは石川さゆりが歌った「津軽海峡冬景色」の碑でした。

碑の前には大きな赤いボタンがあり是を押すと、とんでもなく大きな音で「ごらんあれがたっぴみさききたのはずれとーー.....」と石川さゆりが歌い出しました。
これを何人もが押すので何とも賑やかなのです。テン泊しているお兄さん達は随分とうるさく感じた事でしょう。

Tohoku 001
龍飛岬到着

まだ夜の明けきらない津軽海峡の向こうには北海道の明かりが見えています。
今回の旅行のキャッチフレーズは「龍飛岬で日の出を見よう!」と言うものでしたが,この天気ではどうやら日の出は見る事は出来そうもありません。

Tohoku 003
龍飛漁港と海の向こうに北海道

せっかく龍飛岬まで来たのですから出来るだけ北の先端まで行ってみたいものです。そこで灯台まで上がってみました。上には龍飛岬灯台と津軽海峡を監視するレーダーが設置されています。このレーダーは自衛隊関連の物でしょうか。

龍飛岬灯台
自衛隊レーダー

あまりゆっくりしている訳にもいきませんが、せっかくなので駐車場まで戻り人が通れない事で有名になってしまった国道339号線(別名階段国道)を通り龍飛漁港まで降りてみました。誰も居ないし何もありません。まさに地の果てといった感があります。

車の通れない国道339号線
在来線と新幹線が共用?

青函トンネルはこの龍飛漁港の灯台沖数mの海底を通っているようです。

今年で完成30年を迎える青函トンネルですが、ここは平成17年に一度(往復)北海道旅行の時に通っています。
まだ新幹線が開通する前で在来線での青函トンネルでした。

その後新幹線も開通しこのトンネルを通っている事になりますが、このトンネルって在来線と新幹線の2階構造?
どうなっているのかと調べてみたら青函トンネルは2階構造では無く、一つの軌道を在来線と新幹線が共用していました。

しかし軌道幅の違うこの二つがどうやって上下線の2本の軌道だけで共用しているのか?

これは普通は左右2本のレールしかない軌道の外側に新幹線用のレールをもう一本加え、これにより新幹線と在来線の共用を実現しているのです。

当然在来線の列車(貨物列車しか無い)と新幹線がすれ違う事もある訳で、この時風圧で貨物の荷崩れなど起こさないように新幹線の最高速度は140Km/hに抑えての運転となっているようです。

せっかくの新幹線も青函トンネルの中ではその実力は発揮できないで、そのストレスもさぞかし...と想像出来ます。

貨物便は船便にしてしまったらどうか?と当然考えますが、現在でも船便もあるようです。しかしこの貨物列車が運んでいる荷物の量が半端でなくこれを全て船便に変えるのはとても無理。
一日の通過列車の内、貨物列車が6割を越えているのですから、4割の新幹線としては肩身の狭い思いでしょう。

帯島
一つでも十三湖

今日はまだまだ先が長いのであまりゆっくりしている訳にも行かず先を急ぎます。

来る時には青森湾側の339号線を北上してきましたが、青森に戻るには日本海側の339号線で南に向かいます。龍飛岬で青森湾側の339号線と日本海側の339号線を繋げているのが先ほどの階段国道なのです。

途中にある湖(一部が海に繋がっているので淡水では無く喫水湖)は一つしか無いのに十三湖と名付けられた湖。
ここの名産はヤマトシジミという大きく育つシジミ。シジミ汁が美味しそうだったのでこれを頂きました。これはなかなか美味しかったです。

大きいものはアサリより大きかったくらいで、あれを酒蒸しにしたら旨そうです。しかし、シジミ汁のシジミは清水で食べるシジミと変わりない普通の大きさでした。
 
 
高山稲荷神社

 

十三湖の近くに高山稲荷神社という神社があるようです。青森県人でさえ知らない人が多いと言うくらいですから、大した事ないのかも?と思いますが、せっかくですから.....

伏見稲荷を模して鳥居が沢山有るらしく、通り道からあまり外れる事も無く行けそうなので寄ってみました。
 
言い伝えによれば、赤穂浪士の討ち入りで知られる赤穂藩がお家取りつぶしの際に赤穂城内に祀っていたお稲荷様を赤穂藩士の「寺坂三五郎」が奉戴し津軽の地に逃れ高山の地に祀ったのが始まりとされています。
ほんまかいな?と思ってしまいますが、個人名まであり信憑性も感じます。
しかし、調べてみた所、討ち入りに関わった赤穂藩士に寺坂吉右衛門はいますが、寺坂三五郎の名は見当たりません。吉右衛門の別名とも考えましたが、吉右衛門の別名は信行となっていてこれもまた一致しません。
この寺坂吉右衛門は赤穂浪士の討ち入り事件の真実を後世に伝え、浪士の遺族を援助する役割を与えられ討ち入りには参加せず切腹を免れた48人目の赤穂浪士として知られている人物です。彼を扱った映画「最後の忠臣蔵」では佐藤浩市が演じていた人物。
 

肝心な所で話がズレてしまっていますが、こうした話は素直に受け入れた方がいいでしょう。それに全くの別人物なのかもしれません。
しかし、同一人物と勝手に考えれば少しは話も広がるし記憶としても残りやすいかもしれません。
 
太宰治の生家「斜陽館」

津軽半島にある金木村(現在は金木町)は太宰治の生まれた地。太宰治の生家は現在「斜陽館」として資料館に生まれ変わっていました。
 
太宰の生まれた家は彼が生まれる2年前の明治40年(1907)、父・津島源右衛門によって建てられた豪邸。和洋折衷・入母屋造りの建物は、米蔵にいたるまで青森ひばが使用され、どっしりした重厚感が特徴となっています。国の重要文化財建造物に指定され、明治期の木造建築物としても貴重な建物となっています。
<斜陽館HPより>
 
 
天井の寄せ木細工
庭園
太宰の家(津島家)は大富豪でしたが、太宰の死後1950年(昭和25年)に津島家はこの家を売却。町内の旅館経営者が買収し太宰治文学記念館を併設した旅館として改装され太宰の小説、斜陽から「斜陽館」と命名されました。1950年から営業をはじめた旅館「斜陽館」は太宰ファンが多く宿泊に訪れていました。
 
しかし、平成8年3月に旧金木町がこれを買い取り、旅館「斜陽館」は46年の歴史に幕を降ろし現在は「太宰治記念館」として五所川原市により運営されています。
 
屋敷の造りは、米蔵に至るまでヒバを使い、階下11室278坪、2階8室116坪、付属建物や今泉を配した庭園など合わせて宅地約680坪の豪邸。
金木の街は太宰ファンにとっては聖地とも言える土地なのかもしれません。
 
この生家は斜陽館と名付けられていますが、太宰が実際に彼の代表作でもある「斜陽」を執筆したのは伊豆・三津の「安田屋旅館」。以前友人と泊まった事がありました。ここには太宰が宿泊した部屋が「斜陽の間」と名付けられていたような....。 この部屋に宿泊する事も出来たと思います。
 
三内丸山遺跡

一度見てみたいと思っていた三内丸山遺跡でしたが、これを見る為に青森まで来るというのもなかなか出来ない事です。
金木町から十和田湖に向かう途中、さほど遠くない所だったので、青森市内にあるこの遺跡に寄ってみました。口コミ情報もなかなか評価は高いのが意外ですが、そんなに人気スポットなのでしょうか?

竪穴式住居

到着してビックリ。静岡の登呂遺跡のイメージでいたのですが、とんでもなく大きな建物があります。それに入館も無料という事にも一同ビックリ!


三内丸山遺跡は日本最大級の縄文集落跡で今から約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡です。5500年前と言えば紀元前35世紀。とんでもない過去の話になります。
ここでは1500年の長期間にわたって定住生活が営まれていました。
平成4年からの発掘調査で、竪穴住居跡、大型竪穴住居跡、大人の墓、子どもの墓、盛土、掘立柱建物跡、大型掘立柱建物跡、貯蔵穴、粘土採掘坑、捨て場、道路跡などが見つかり、集落全体の様子や当時の自然環境などが具体的にわかりました。
また、膨大な量の縄文土器、石器、土偶、土・石の装身具、木器(掘り棒、袋状編み物、編布、漆器など)、骨角器、他の地域から運ばれたヒスイや黒曜石なども出土しています。
ヒョウタン、ゴボウ、マメなどの栽培植物が出土し、DNA分析によりクリの栽培が明らかになるなど、数多くの発見が縄文文化のイメージを大きく変えました
平成12年11月には国特別史跡に指定されています。
この時代にはまだ鉄はありませんでした。どのようにして木材の加工を行ったのでしょう。大きなこの建物は長さ32mもありますが、この時代にこんなに大きな建築物を作る技術・知識があった事に驚きます。
この建物の用途は、集会所、共同作業所、冬期間の共同家屋などの説があるようです。

柱の木組みもどうやってこの加工をしたのか?まさかノコギリやノミが有った訳でも無いでしょう。
縄文人は現代人が想像しているより遙かに進化していたようです。
恐るべし、縄文人!

朝は涼しかった青森も流石にこの時間になると暑くなってきました。それでも静岡よりはまだまだ涼しいです。

十和田湖

自分にとっては49年ぶりの十和田湖です。まだ二十歳前の頃でしたが、ここから見える景色はあの頃と同じように感じます。
その時の東北旅行の記憶はかなり曖昧になってしまっていますが、何故かこの十和田湖の記憶だけは何となく残っていました。

青森県十和田市と秋田県鹿角郡小坂町にまたがる湖。日本の湖沼としては、最大水深は326.8mで第3位、面積では12番目。東岸には、十和田湖の水が唯一流れ出る奥入瀬川があり、北東に約14kmにわたり奥入瀬渓流が延びています。 冬季を除き遊覧船が就航していて、このため内水ながら、国の地方港湾に指定されている港が2つあります。一つは奥入瀬渓流入り口の子ノ口(ねのくち)港と、もう一つは十和田湖南岸の中山半島西側付け根にある休屋(やすみや)港。

十和田湖まで来てようやく休屋で昼飯です。休屋は十和田湖畔では一番賑やかな場所。でもこの休屋(やすみや)という地名は何が由来なのでしょう。

さて、メシだ!

しかし、この昼食の時間帯はどの飲食店も満席でなかなか空いている店がありません。探し回った末ようやく入る事が出来ました。やはりお盆のこの時期、既にお盆休暇に入っている所もあるのでしょう。十和田湖もかなりの賑わいです。
でも、49年前は、こんなに店は多くなく、もっと静かだったような気がします。今の時代、何処へ行っても観光客で溢れています。49年前には居なかった外国人もかなり増えてきているのでしょう。
高村光太郎作の「乙女の像」は台座が新しくなったようです。この像の二人は昔のままの姿なのでしょうが、それに比べて自分は随分と歳とってしまったものです。
しかし、この二人のおねーさん方、こんなにふけっぽい顔だったか?

花巻温泉
 
さんさ踊り
 
今朝は北に向かって走った東北自動車道を今度は南に走ります。十和田湖から花巻温泉まではそんなに近くはありません。ざっとみても150Km以上もありますから、静岡から東京に行くくらいの距離感です。
 
自分たちが泊まったホテル「千秋閣」は隣り合って建っているホテルの一つで各ホテルは廊下で繋がっていました。この為に、どこの風呂に入る事も出来るようです。ただ、そこへ行き着くにはかなりの距離を歩いて行かなくてはなりません。
残念だったのはお盆時期という事でお盆料金になってしまっていて、割高だったという事。普段の料金を見てみると4割ほど料金アップになってしまっているようです。これはこの時期だから仕方ないのでしょう。
それに山小屋ではあるまいに、食事の入れ替えがあった事。
 
そりゃないだろ!
 
サンサ踊り
食事後、隣のホテル紅葉館で「サッコラ(幸呼来)チョイワヤッセ」」のかけ声で知られる「サンサ踊り」をやるというので見に行ってきました。
これは各ホテルからお客さんが集まり、なかなか盛況で賑やかでした。
 

家を出てから30時間を越えています。やはり歳とった身に夜立ちは疲れました。

さて、明日も暑くなりそうです。
 

“みちのくの旅一日目” への2件の返信

  1. 和義君のホームページには、何時も感嘆するばかりです。
    読むたびに、旅情が蘇りワクワクします。
    車の運転は、三度の飯とお酒よりも好きですので、これから先も楽しく人生の一コマを刻む旅を続けましょう。
    旅の仲間の皆さん、今後もよろしくお願いします。

    1. コメントをありがとうございました。今回はホームページではなくブログで済ませました。ホームページに比べればやはり楽です。
      これからはこちらをメインにしていこうと考えています。
      これからも宜しく頼みます。
      二日目、三日目と順次アップの予定です。

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